(大久保忠男氏のお話) 会長 高原 精二
暫く休会していたライフプラン専門委員会は、改めて「ライフプラン懇話会」として、
5月18日(月)、八重洲口会館地下2階で(危機管理専門委員会と同じ場所)第1回がスタートした。
お話は第1回の講話にふさわしく、大久保忠男氏からいただいた。参加者は19名、質問も多く、質疑は熱気溢れるものであった。
終了後、「通い合いの場」として、お隣組の八重洲口「いづみや」で懇談会を開き、13名の出席を得て盛会裡に締めくくった。
こんご本会の活動が、多くの会員のご参加を得て、益々の充実・発展していくことを心から祈願したい。
大久保忠男さんの講演の要約は次のとおりである。

- 今年70歳、横浜市日吉在住
- 1998年「ライフプラン専門委員会」入会〜2008年脱会
- 1962年ソニー(株)入社〜2007年退社
- 現在、(財)五井平和財団に従事
- 介護施設めぐり
- いろいろのところの高齢者介護福祉施設を見学する
- 介護施設めぐりの結果、最終的には在宅介護を決心する
- ショートスティと在宅介護の2本立て
- 在宅で、プロと家族の支援を受けながら介護する
- 福祉事務所&ケアプラザのケアマネさんとの連携プレイで
- ショートスティ
- 父は、こちらの気持ちを察して、我慢して行ってくれた
- 母は、最初渋ったが、よく行ってくれた
- 月1回、1週間から10日間ぐらいの割合で行く
- 掛り付けのお医者さん
- 町のお医者さんに、毎月2回健康管理のため来宅願う
- そのために、死亡のときは警察の立ち会いもなかった
- 掛り付けの医者、病院を持っておくことの大切さ
- 住宅環境の整備
- 両親の住む高齢者向けの平屋の家を20年前建てる
- その頃、両親介護を想定し、今の家に引っ越しする
- 実際の介護生活
- 食事・排泄・入浴
- 口まで運ぶ "よく食べる、最後は大変だったが"
寝たきりにせず、必ず食事の時は起して、車椅子で居間に
- トイレ⇒ポータブルトイレ⇒おむつ "自尊心を傷つけぬ様"
- 毎週土曜に、入浴サービスの車がくる "気持ち良さそうな笑顔一杯"
- ヘルパーさん
- ヘルパーさんは週3回来宅、1回2〜3時間 "精神的に家内助かる"
- 夜は、家政婦紹介所から派遣願い、夜だけの母の付き添をつける
- 以前は、離れの家とホットラインベル "真夜中起され、参る "
- 少し歩けた頃の父 ・・その対応
- 会社に行くと言う、駅の方まで一人で歩こうとし途中、道端で倒れる
- 「会社の船が出航するから、行かねば」と言う
"もう昔に退職しているのに "
- 体に、住所/氏名/電話の記入した名札をつける "役に立った"
- 自分の老後はまだずーと、でも死はもうすぐ近いと思っていた様子
- 耳は不自由になったが、悪口はよく聞こえます
- 介護費用の毎月の支払は、月30万円くらい(25〜35万円)
- この10年余で、介護制度は、格段に進んだと評価できる
- 「愛は忍耐なり」を肌で感じ、その大切さを介護生活から学ぶ
- 介護は家族の愛と信頼でなりたつものである "お金の問題ではありません"
- ・愛される老いの条件
介護している人に「ありがとう」の一言が素直に言えること
自分の弱さをさらけ出す「潔さ」⇒遠慮せずに援助を頼むことも立派な自立
「ほめる力」⇒例えば、「おいしかったよ」
- 「一人で生れて一人で死ぬ」(一遍上人)"その通りだと実感"
- 「生きていること」から「生きていくこと」へ
「生きていること」は、科学でも証明できる客観的なことだが、
「生きていくこと」は、自分の人生のことであって、それは主観的なこと、
そのためには、生命力が必要である
(「生きていること」からの.くだりの文章は、清水博東大教授の講演からの抜粋です。)
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