ライフサポーターの集い
2010年新春のつどい
講演「人生二元論のすすめ」

講師:蓮井 昌雄氏    
間もなく人生100年時代が来る」昔は100歳まで生きるというと笑われたが、今笑う人はいないと思う。 長寿をリスクと捉えるか、チャンスと捉えるか人さまざまであるが、どうせ生きるなら、建設的楽観主義で、 長生きはチャンスと捉え、人生60歳までを一区切りとし、61歳から再スタートし2度目の人生を生きたらどうだろう。
 
講師中の蓮井昌雄氏 人生を一元(60歳迄)と二元(60歳以降)とに分け、二元からは別の人生と思うぐらいに急激に自分の生き方を変えてみてはどうだろう。 その土台となるのは何といっても健康で、健康が生きがいを産み、生きがいが健康を生む、と言っても過言ではない。 二元を生き抜くには健康問題(身体は病んでも心は元気)を避けては通れない、むしろ最重要視すべきで、 そのためには今迄の生活習慣を見直し、二元に向けて自己にとって最適のリズムある生活習慣を築き上げる必要がある。 往々にして一元を境に、中には安堵感や開放感から家に閉じこもり、朝から日がな一日テレザケ(テレビ・酒)や、 テレパゴ(テレビ・パソコン・ゴルフ)のみの生活に陥り、家庭不和や、 奥さんが「亭主在宅ストレス症候群」と、なり、自身も「生活習慣病」を引き起こす危険性があるので特に注意する必要がある。
これまで10年間健康長寿を専門に学んでくると嫌でも耳学問が発達し、必ずしもエビデンスによるものではないが 何となく体験を通して健寿が理解出来る。自分なりに感じている健寿の秘訣は以下の5つに要約される。
  1. 食事   「食は命なり」という言葉は皆さんもたびたび耳にされてきただろうと思う。 動物でも食による比較実験では顕著な例が発表されている。過去にNHKの放送でも放映されたことがあるが 白澤教授(当倶楽部特別顧問)によると「過食の赤毛猿」(肥満)と「少食の赤毛猿」(腹7分)では数年後の経年変化を見てみると 毛の艶といい元気さといい断然少食の猿の方が長生きすることが証明されている。
  2. 運動  理想的にはスポーツジムに通い定期的にトレーナーの指示に従い運動をするのが よいのだろうが金銭的にも時間的にも一般人には制約があり大抵の人は長続きしない。 1日1万歩の実行も喧伝されていて自身も万歩計を毎日腰につけ1万歩を切ると 翌日は必ず実行するという脅迫観念にとらわれながら実行していた時期もあったが 最近では腰の調子が悪い日もあり1万歩にこだわらず散歩ができない時は室内で自転車を漕ぎ 適度な運動量を確保している。あまり几帳面に運動量を極度に守ろうとすると過度のストレスが生じ 運動する以上の身体に弊害があることも事実であろう。 要は各人それぞれが自分の年齢、身体状況によって個別に取りかかるのが最適だと思う。
  3. 家族  百寿者の統計から見ても家族構成が独り住まいの弧老者が達成したという例はあまりない。 表面的には独り住まいということになっていたが、百寿者の経験者で我々の講演会に出講してくださった 三浦敬三氏も近くに娘さんが住んでいて常々生活全般にわたって随時サポートしていた。 私事で恐縮ですが私は一元の間は猛烈な亭主関白で妻を召使いのようにこき使っていたが、 統計では妻に先立たれた夫は一人で長くは生きられないらしい、 二元(61歳)を迎え健康長寿で長生きするためにもこれではいかんと以来妻に優しく思いやりをこめて 接するよう努力している。
  4. ほどほど  人間の欲望には際限がない。物や金をいくら持っていても、もっともつとと欲しくなる。 飲食もそうで毎日おいしいからといってステーキばかり多量に食べればどうなるか、 お酒が好きだからといって毎日1升酒を飲めばどうなるか、反対に断食が身体にいいからといって 1ヶ月も2ヶ月も飲食を断てばどうなるか自ずと結果は明らかで、物事はほどほどにしなければならない。 生活経済の面でもそうで、この世の中お金を持ちすぎて悩む人もあればお金が無くて苦労する人もいる、 人さまざまだ。長寿には大金は要らないがほどほどのサブマネーは必要になる。 マネー資本主義の現状を考えると少々の蓄えでは不安不足を覚える人も多いが、 足るを知るも二元者の生活技術の一つだと思う。
  5. 生きがい・夢  人間はいくつになっても将来に明るい目標なり夢を持つことが大切だと思う。 生きがいは近くの目標で、夢は遠くて長い目標が良い。 日々の暮らしの中であなたは生き甲斐を持っていますかと講演会等で高齢者に問うてみても あまり手が挙がらない。生きがいをもって生きていると人間は60兆の細胞が活き生きと活性化し、 ひいては若返りに役立つ。それによって、それを叶えるための必須条件としての健康が問われる。
自分の人生を意味あるものにするためにも何歳ぐらいまで生きたいという目標を持つべきである。 それによって夢を達成するための健康に対する自覚が自ずと生まれてくる。 私は絶えず言っているが叶わぬまでも120歳まで生きるという目標を持っている。 なんとしても120歳まで生きて自己実現の夢を果たしたいというという大望と 人間いつかは死ぬという諦観を両手に持ちPPKを目指し二元人生を完結したい。
(C)NPO法人東京都中高年福祉推進員協会

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