ライフサポーターの集い

佐藤 征義
 私のボランティア活動は、中推協と深い係わりがあるのです。 私が「福祉推進員養成講座」の仕事をしたのは、平成7年からで、 早見係長から言われて講座の司会をし、翌年からオリエンテ−リングも行いました。
その後、中推協の新年会と総会には毎年出席させていただいていますが、  平成8年の中推協の新年会の後、当時の中川副会長や小林理事等数人の方々と2次会に行きましたが、 その時に私が「あと2年で定年になるけれど、40年間役所で世話になったので、 退職したら社会へ恩返しをする意味でボランティア活動をしてみたい。 ただ、国内ではなく、海外での発展途上国の支援など、国際ボランティアをしてみたい」と話したところ、 ボランティアには皆さん興味を持っていて、大いに話が盛り上がりましたが、 小林理事が「それではいい団体を紹介してあげる」と言って、早速「(財)日本シルバ−ボランティアズ」と 「東京検察審査会協力会」を紹介してくれましたので、「先ずは入ってみてから」ということで、 夫々の会に入会しました。
 その年の5月に、「日本シルバ−ボランティアズ」の関係でスリランカに行ったのがきっかけで、 スリランカでの教育と医療を中
▲JSFAAの参加者とスリランカ厚生大臣と大塚スリランカ大使

心としたボランティア活動をする決意をしたわけですから、 中推協に顔を出さなかったら、ボランティア活動の内容も変わっていたかも知れません。
 私が国際ボランティア活動を選んだ理由は、日本は一応先進国に仲間入りをし、 GNP世界第2位という実績もあり豊かな国なのですから、 弱者に対する対策は、政治を良くすることによって解決することの方が大事だと思っているからです。
 しかし、発展途上国は、民族・宗教間の争いから内紛や内戦が絶えないので、 子供たちやお年寄年寄りを始めとした弱者といわれる人達の犠牲が大きく、 こうした人々に対する支援や救援活動が必要だからです。
 スリランカは、インドの南端に浮かぶ紅茶と宝石の国で、 北海道を一回り小さくした国土(北海道の8割の大きさ)に、人口は1,800万人、 豊かな自然と仏教の伝統と歴史に育まれ、心の豊かな人間性に富んだ国です。
 戦後、アメリカとソ連が日本を分割統治する考えに対して、 スリランカが「島国を分割してはいけない」と反対してくれたお陰で、 北海道をソ連に支配されなくて済んだのです。また、戦後補償の時も「日本は戦後復興が大変だから」と、 戦後補償を一番先に放棄したスリランカは、日本の大切な恩人です。 そのスリランカが、イギリスの植民地から1948年に独立して、セイロン共和国からスリランカ民主社会主義共和国になりましたが、 「解放の虎(LTTE)」等の一部ゲリラ組織との 内戦が続いているところから、社会基盤の整備が 遅れ、孤児や老人たちへの支援が必要です。
 (*スリランカとは、「光り輝く島」の意です) どの国でも、どの時代でも子供たちは次代を担う宝です。 そこで、子供たちの教育と医療を中心としたボランティア活動を通じて、 スリランカの自立と発展を援助し、併せて民間外交として、文化・芸術の交流をしていくために、 平成11年の定年退職と同時に、新しい国際ボランティア組織を作る準備
を進め、 平成12年9月に「NPO日本・スリランカ友好親善協会(JSFAA)」を設立しました。
 たまたま、平成11年のスリランカ訪問の時に、 スリランカ大使館の職員のお母さんで、スリランカ赤十字の会長を されたことのあるアイラさん(厚生大臣夫人)が私をホテルに訪ねてくださり、 スリランカの子供たちや孤児たちの状況、老人や病人の状況、ボランティア活動等について話し合いました。 そして、政治の手の届かない貧しい人々や恵まれない人々に対する、 新しいボランティア活動を進めることで意見が一致し、スリランカの会長になることを含めて、 今後の協力を約束してくれました。
 日本でも、いろいろな方々と縁があって、浅野史郎宮城県知事、稲葉三千男東久留米市長(故人になられました)、 三木元首相の息子さんの三木立さん、園田元外務大臣の夫人の園田天光光さん、田英夫参議院議員など多くの皆さんの ご協力をいただきました。
 中推協の関係では、羽賀事務局長が専務に、小林元理事が常務に、早見元係長が理事に、 中川元副会長と森中監事が監事になって、協力をしていただいております。  (*小林さんは、昨年12月9日に心筋梗塞で急逝されました。)
(次号につづく)
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