ライフサポーターの集い
20周年記念行事―世界遺産ツアー霊場と参詣道の旅―高野山と熊野
まえがき 佐藤 征義 記
 高野山と熊野一帯の参拝道が世界遺産に登録されたことを記念し、 東京都中推協の20周年記念行事の第2弾として企画し、13名が参加しました。
  11月13日―14日1泊2日の旅でしたが、私の計算では、バスで8時間から9時間で行けると思っていたのが誤算で、 往きは12時間、帰りは中央道を回ったので12時間半もかかってしまい、那智の滝方面には行くことが出来ませんでした。 参加された皆さんにお詫びいたします。 しかし、宿坊の「一乗院」での「朝のおつとめ」と小雨に煙る杉木立の中の「奥の院」の参詣は心に残るものがありました。

高野山霊場の旅 随想 阿佐 進 記
 中推協20周年記念行事として佐藤副会長始め健康事業部の方々が 世界遺産に登録された紀伊半島、熊野、高野山、伊勢路の旅を 2日間しかも安い費用で会員多くの方々が参画できるよう念願され企画した旅、 総勢13名が心を洗い長寿を叶える霊験と瞑想の時空を体験する事が出来ました。 参加者の皆さんそして応援して下さった多くの方々にお礼申し上げます。・・・合掌
 初日は天候にも恵まれ朝8時に飯田橋を出発し東名高速で伊勢路へと進んだ。 富士山は何時見てもきれいな山でした。途中道路工事などがありバスが遅れ夜暗くなり 路幅が少々狭くなった高野山道路を登りPM8:40頃宿坊の一乗院に到着した。 夕食が9時、入浴が10時までと成った為、私などは、おいしい精進料理を食味しながら 若いお坊さんの生まじめな語り口で高野山の説明をしてくれたので ついお坊さんと話し合ったりしたので遅くなり入浴は出来ませんでした。 その夜は大雨でした。朝6:15より一乗院本道で勤行が行なわれ全員参加した。 若い娘さんも居た。7時朝食、8時一乗院出発し9時小雨の中、弘法大師御廟奥の院へ、 それから総本山金剛峯寺へ10時高野山を出発した雨は止んでいた。 帰りは中央自動車道に這入り諏訪経由で新宿駅に着いたのが、PM10:20頃でした。 同行の皆さん、ドライバーの野口さんお疲れ様でした。・・・合掌。
 そこで見聞きした面白いお話をしたいと思います。
 高野山はお寺の町で現在117の寺院がありそのうち53寺院に宿坊があります。 従って117名の住職と同数の副住職、約1000名の若い修業僧と7名の高僧が居り 一乗院住職も高僧の一人と云っていました。 高野山の楽しみの一つは宿坊選びで寺院の緑や、ご本尊、庭園などにそれぞれの特徴があり お酒やビールも自由に頂けますがコンパニオンは駄目とのことです。 若い修行僧達による配膳やふとんの出し入れというのも一般の旅館とは違うところです。・・・合掌
 次に高野山真言宗の沿革と組織の話を高原さんがしてくれました。弘法大師以降の
真言宗は多くの弟子によって伝えられた伝統の相違から中世以降絶えず分派を重ねています。 これを大きく分けると 古義系・・・弘法大師ゆかりの伝統的なお寺を中心として主に関西地方に地盤があります。 代表的な宗派に祖廟を中心とした大師信仰によって知られる高野山真言宗、真言密教の根本道場として 東寺(とうじ)を本山とする東寺派、仁和寺(にんなじ)を本山とする御室派、聖宝を開基とし 修験道の伝統がある醍醐派、華道で有名な大覚寺派、皇室の菩提所として知られる 泉涌寺(せんにゅうじ)を中心とする泉涌寺派、弘法大師の誕生地に本拠をもつ善通寺派などがある。


高野山霊場の旅(1)

新義系は・・・平安時代の末期に活躍した、真言教学の中興者だった興教大師覚゚(かくはん)の系統をひき 奈良県の長谷寺を本山とする豊山派、京都の智積院(ちしゃくいん)を本拠にもつ智山派、 和歌山県の根来寺を本山とする新義真言宗などがその代表で これらは主に関東地方に教団の勢力があると話しておられた。 そして高原さんの礼拝の仕方が実に見事なものでした。・・・合掌
 四国八十八ヶ所、歩き遍路をされた森下さんは 仏教の教えに三宝・・・佛・法・僧、に帰依する。真言行者は身と口と心の修行である三蜜行を実践し 日常的には十善戒と云う正しい生活の基本を実践することに由来するのか (1)多くの人との出会い(2)相合合掌(3)捨て身の充実であると云っておられた。・・・合掌
 バスの中で一番若い岡安さん始め小沢さん成田さん他 今回参加されたメンバー全員が頓知のよい話をされた楽しい方々でした。・・・合掌

高野山 随想 成田健次郎 記
世界遺産に登録された紀伊山地「高野山」に以前から興味があり、ぜひ、訪ねて見たい所だった。 道路事情などから、高野山に留まっていたのは、就寝時間を入れて、14時間位だったが、歴史の重みを実感した旅であった。 高野山にある53ケ所ある宿坊の一つ「一乗院」に到着したのは、20時20分を廻っていた。 修行僧の出迎えで宿坊内の説明後、遅い夕食だったが、精進料理の内容は、豪華だった。 写真を撮ったが、この場でお見せできないのが残念である。 6時15分からの勤行、7時朝食、7時30分には宿坊を出発。 小雨の中、奥の院入口「一の橋」から、熊野古道に通じているという参堂を奥の院まで、 片道1.9Kmを参加者全員13名が、歩む毎に参堂の両側に展開する1200年の重みを感じた。 開創が816年、約1200年の間、私には、いろいろなことが走馬灯朗のように浮かんでは消えていっ た。 石田三成の
高野山霊場の旅(2)
近くに豊臣秀吉の墓所があったり、徳川家の霊台があるかと思うと、上場一部の大会社の墓所があったりと、1200年間の歴史の重みを肌で感じた1時間20分であった。 今回の旅は、道路事情などから断念したが、 次回は、2泊3日という時間の中で、那知の滝まで、ぜひ行って見たいと感じた旅であった。 今回の旅を計画されました「佐藤さん」、1300Kmを安全運転でご苦労をかけた「野口さん」に感謝です。

ドライバーの野口さんに多謝 新田良昭 記
今回のツアーの最大の功労者はマイクロバスのドライバーの野口さん。 少しの休憩時間で、1日12時間半、2日間で25時間、一人でハンドルを握り続けた。 走行距離は高野山を開いた弘法大師とともに行く四国八十八ヶ           所の全コースに匹敵する1400キロ近くに なった。高速道でのスピードは時速90キロの安全運転、 帰りは隣の助手席で野口さんの運転をたっぷり楽しませてもらった。 野口さんに感謝!感謝!            

高野山参詣の記 高原 精二 記
何とも摩訶不思議な世界遺産高野山の参詣の旅でした。 1泊2日、1300キロ、往復24時間余のバス旅行。 「エコノミー症候群」との戦いの旅でもありました。 タフな名ドライバー野口さんのご奮闘と、 寺井会長のお差し入れ・皆さん持ち寄りの般若湯と美味おつまみのお蔭で全員無事、 善男の旅を全うすることができました。めでたしメデタシ。感謝。
 世界遺産に登録された「高野・熊野」を、「中推協20周年記念行事」として 皆で歩こうと計画したが、多忙の皆さんを慮って、何せ1泊2日の旅。 とても難しいことでした。また、再度プライベートでも挑戦です。 しかし、25時間の密室での語らいそして交流、何ものにも替えがたい素晴らしいもの、 また新たな出会いをいただきました。有難うございました。
 この旅の感想を一つ二つ。
海抜1000メートル、15平方キロの山上盆地の真言密教の拠地「高野山」、 私たちが泊まったところは、100余りある僧院宿坊の中でも指折りの、 千年余り続く「一乗院」でした。 朝6:15から、薄暗い灯明の中での勤行、 佐伯住職他の厳かで実に美しい声明・読経。私も四国はじめ多くの88ヶ所巡りをし、 お坊さんのお経をお聴きしたが、身体に響くこの素晴らしい和音、 生まれて初めてのわが心への衝撃でした。
 翌日小雨の中、奥の院へ。一の橋から お大師さんの眠る奥の院までの道中2キロ、 樹齢400年の老杉が倒れそうにそそり立つ中、
高野山霊場の旅(3)
紀伊徳川、広島浅野、伊達、上杉はじめ、 かつての諸大名の墓所を通り抜けて20分、 1400年前にお眠りになった弘法大師の唯一のお墓の前にぬかづく。 あと、総本山金剛峰寺に参詣。威厳のある質素な佇まい。それから帰路に着く。
 この旅で得たこと。
 この人生で初めて体した素朴で敬虔な気持ち。 それにもまして、中推協の仲間とまた出会い、語らい志を深めあえたこと。 これこそ、今の中推協にとってもっとも大事なこと。 やっぱり、ときどきは会おう。面と向かい語り合おう。 そして、その輪を広げ、わがNPO中推協をいきいきとした皆んなのものにして行こう。
 では再会の日まで。

  俳句  高野山 詠み人 佐藤征義
     深々と 秋雨包む 高野山
     秋雨の 堂内静か 寺の宿
     早暁の 本堂に座し 空になり
     冬の朝 読経の声 しんしんと
     秋雨に 読経の声 かき消され
 杉木立 氷雨に霞む 墓の群れ
 高野山 強者の墓 数知れず
 高野山 墓地に侘しき 菊一輪
 落ち葉踏み 静かにたたずむ 奥の院
 秋冷や はんにゃ湯で 温まり

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